富士と折り紙

父の思い出

2023-01-01から1年間の記事一覧

折り紙

父が折り紙を本格的に始めたのは、20年くらい前、母との海外旅行がきっかけだった。もともと手先が器用で、いろいろな箱を作ったり、簡単な木工をしたりしていたけれど、折り紙は、紙さえあればどこでもできて、大人でも、子供でも、外国でも喜んでもらえる…

和光の家

実家は埼玉県和光市にある。私が結婚して、家を出た後、父と母は、それまで住んでいた板橋区内の家から、36年前に引っ越してきた。当時、東武東上線和光市の駅前は広々とした空き地に、イトーヨーカドーばかりが目立つ、鄙びた所だった。それが今では、地下…

家族として

母は結婚するまで家事をしたことがなく、その上あまり丈夫でなかったからか、子煩悩でマメな父は、今で言うイクメンで、家事、育児は厭わずやっていた。特に料理は、家族と離れて叔父のところに居候していた経験があったからか、マッチで火をつけるところか…

教師として

大学時代、何より打ち込んだ児童文化研究会の影響もあってか、父は教員を目指した。教育実習は世田谷区立八幡中学校。教科の国語もさることながら、自習や学活の時間に児研の経験を生かして、生徒に人気を博したらしい。生来の、子供好きであった。当時、八…

父の生い立ち

私の父、修(おさむ)は、四国の宇和島伊達家の末裔で、昭和5年8月14日に京都府中京区で生まれた。本籍は東京都目黒区中根町で、伊達德眞(のりまさ)、百合(ゆり)を両親に、兄、誠(まこと)、保(まもる)、妹、英子(ふさこ)の6人家族。祖父はカネボウの前身である…

好きなもの

父は12月27日、母は2月24日、妹は8月22日が祥月命日なので、月命日は月の後半に続けてやってくる。それぞれの好物や得意料理を食卓にのせることにしている。父なら鰻、ステーキ、お多福豆など。おつまみなら、数の子やカラスミが好きで、ふきのとうの味噌和…

思うこと

父がこの世を去って、もうすぐ半年。いろいろな手続きや、支払いで慌しかったのが、一段落したところで、ふと気がついた。父も母も妹もいなくなって、私の実家の家族は私ひとりになってしまったのだ。妹が住むはずだった家、残された猫、隣近所の付き合い、…

父のこと

父は、昭和5年8月14日、京都で生まれた。4人兄妹の三男で、幼い時は腕白だったらしい。祖父の仕事の都合で兵庫県神戸市など数ヶ所で少年時代を過ごし、戦後上京して高校、大学を出て東京都で教員になり、昭和31年に母と結婚。その後、退職まで中学校の国語教…

怒涛の1年

一昨年の12月2日、夕方の4時過ぎ、携帯が鳴った。父からの電話だった。出ると、妹が倒れ、救急車を呼んだが、まだ意識が戻らないという。慌てて電話を切り、群馬から埼玉の実家に向かった。普段は使わない高速道路を使い、6時過ぎに着いた。父は憔悴した様子…